【韓国】「抗日英雄はメイド・イン・ジャパン」完全版(但馬オサム)

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イメージ・ロンダリングされる悪女閔妃(びんひ)

まず日本で再評価され、逆輸入の形で韓国国内で取り上げられ抗日英雄として神格化されていく、どうやらこのパターンが見えてきました。

現在韓国で、李瞬臣、安重根に続いて反日の『聖像(イコン)化』が進んでいる歴史上の人物がいます。今出てきた閔妃(びんひ)です。

閔妃は夫である朝鮮王・高宗を尻目に国を私物化し、閔一族の栄達(えいたつ)のみを願ってひたすら国庫を浪費し、朝鮮を亡国へ導いた傾城の愚女でした。舅(しゅうと)である大院君とは血で血を洗う抗争を繰り広げ、あまつさえ、清、日、露と事大先を変えたために政情はそのつど大混乱をきわめます、彼女がいなければ、日清日露戦争も起こらず、ひいては日韓併合もなかったかもしれません。まさに亡国の王妃、天下の悪女といったところです。

おそらく、70年代までの韓国での一般的な彼女の評価はそれ以上でもそれ以下でもなかったのは確かです。当時の劇映画に登場する閔妃の悪女然としたキャラクターからもそれがうかがい知れます。

戦後韓国で作られた閔妃モノ映画の第一号は『大院君と閔妃』(1959年)ですが、代表的なのものといえばなんといっても申相玉(シン・サンオク)総指揮、林元植(イム・ウォンシク)監督の『清日戦争と女傑閔妃』(1965年)です。タイトルからして『明治天皇と日露大戦争』(1956年)、『天皇・皇后と日清戦争』(1958年)といった一連の新東宝・アラカン天皇モノにインスパイアされたであろう、シネマスコープ、オールキャストの史劇巨編で、ここで描かれる閔妃は文字通りの女傑、女独裁者でした。プロデューサーの申相玉氏は、のちに同作品で閔妃を演じた、夫人でもある女優の崔銀姫(チェ・ウニ)とともに北朝鮮に拉致され、金正日の大号令のもと、東宝の特撮スタッフとともに怪獣映画『プリガサリ』を撮ったことで日本でも一部で有名な韓国映画界の巨人です。70年代になると、閔妃モノと武侠(剣劇)モノを合体させた『閔妃対魔剣』(1970年)なる珍品まで作られています。監督は『女傑』と同じく林元植で、閔妃を演じたのは呉樹美(オ・スミ)でした。『景福宮の女たち』(1971年)での閔妃は、高宗の寵愛(ちょうあい)を受ける側室をイビり倒したりの徹底的な憎まれ役で、むしろ彼女と敵対する大院君が好意的に描かれています。最後は閔妃は殺され、高宗は後宮を追われた愛妾(あいしょう)と再会してのハッピー・エンドです。どちらにしても、あまりいい描かれ方はしていないようです。

ところが、80年代以降、韓国ではこの閔妃に関して「誇り高く慈悲深い国母(こくぼ)」「日帝の飢狼によって殺害された悲劇の王妃」という、それまでとはおよそ正反対の評価が起こっているのです。例によって映画やドラマといったフィクション先行ですが、近年、閔妃が映像作品で登場するたびにイメージの浄化がなされていきました。2002年、韓国KBSで制作され、日本の衛星放送チャンネルでも放映された『明成皇后(めいせいこうごう)』では、時代に翻弄(ほんろう)されつつも鉄の意志をもって生きた誇り高い女性として閔妃が描かれています。ちなみに「明成皇后」は彼女の諡号(しごう)です。同ドラマの日本版HPにはこうあります――。

《“明成皇后”は、ある意味、朝鮮近代史においてもっとも象徴的な人物だと言えよう。 俗に言う“閔妃”という呼称は、“明成皇后”を卑下(ひげ)した呼び方で、当時の日本帝国主義が、植民地史観に基づいて付けたものだ。》

《“明成皇后”に関する多くの否定的な認識は、帝国主義の日本政府が、明成皇后を弑逆(しぎゃく)して朝鮮を強制的に占領した事実を正当化するために作り出した、歴史の捏造と偽造に起因するものが大部分を占める。「権力に執着した女」、「国家の利益を犠牲にして、親族の利益を図った女」、「闘争心と気まぐれにまみれた女」、これらはすべて、明成皇后を弑逆した当時の日本の名分である。》

《「鉄の女=明成皇后」。彼女の偉大さは、日本の初代総理大臣=伊藤博文が漏らした、「朝鮮を侵略するためには朝鮮の国母を弑逆するほかない」という嘆息(たんそく)に含蓄されている。》

むろん、ここに書かれていることはすべて史実に反します。「権力に執着した女」、「国家の利益を犠牲にして、親族の利益を図った女」、「闘争心と気まぐれにまみれた女」こそ、史実にそった彼女の正しい評価なのです。そもそも閔妃という呼び方は「閔氏の后(きさき)」という意味で、ここに卑下のニュアンスはありません。当時、中国でも朝鮮でも女子には正式な名前はありませんでした。有名な楊貴妃(ようきひ)は、「楊氏の貴妃」という意味です。むろん、併合反対論者だった伊藤博文が「朝鮮を侵略するためには朝鮮の国母を弑逆(しぎゃく)するほかない」と言った事実はありません。

ドラマと前後してミュージカル『明成皇后』(海外タイトルはThe last empress)が制作されました。これは海を渡り、ロンドンでも公演されましたが、ファースト場面で舞台のバックスクリーンに、閔妃とは何の関係もない広島の原爆投下の映像が映し出され、現地の観客をドン引きさせたといいます。制作者の意図としては、日本への原爆投下は閔妃暗殺の報い、とでも訴えたかったのでしょう。原爆はこのように、懲罰という意味を込めて韓国が日本に対するいやがらせによく使うタームです。

すべては一冊の本から

さて、こういった「国母」「悲劇の王妃」といった閔妃(びんひ)の新解釈は、一体どこから生まれてきたのでしょうか。加耶大学校客員教授の崔基鎬(チェ・ギホ)氏が著書『韓国 堕落の2000年史』(詳伝社・2001年)の中でこう記しています。

《日本のおろかな女性作家が、閔妃に同情的な本を書いたことがあるが、閔妃は義父に背恩(はいおん)したうえに、民衆を塗炭(とたん)の苦しみにあわせ、国費を浪費して国を滅ぼしたおぞましい女である。このような韓国史に対する無知が、かえって日韓関係を歪めてきたことを知るべきである。》

崔氏ははっきりとは述べていませんが、日本の女性作家が書いた閔妃に同情的な本とは、角田房子著『閔妃暗殺―朝鮮王朝末期の国母』(新潮社・1988年)であることは明白です。戦後、それまで日本で(多分、韓国でも)、閔妃事件についてここまで詳しく書かれた大衆向けの本はありませんでした。本書では、閔妃と大院君の権力闘争に多くのページを割いてはいますが、閔妃殺害を三浦公使の単独計画と決定づけ、日本人の贖罪感に訴えかけるに充分な内容でした。「悲劇の王妃」というイメージはこの本によって韓国に伝播したものと思われます。いや、正確にいえば、「日本人が認めた悲劇の皇女」かもしれません。そのイメージが定着するにしたがって、韓国では「閔妃」という呼び名を嫌い「明成皇后」を正式呼称にしようという動きが起こりましたが、先もいったとおり、○○皇后というのは諡号(しごう)(高貴な人に死後送られる名前)ですから、生前の閔妃に「明成皇后様」と呼びかけるのはおかしなことです。

閔妃屍姦説の出どころ

百歩譲って暗殺という手段でこの世を去った閔妃を「悲劇の王妃」とすることはよしとしても、その悲劇性を強調するあまり、韓国では彼女が死後、日本浪人によって遺体を陵辱(りょうじょく)されたという風説がまことしやかに流されていると聞いたら、読者はどう思われるでしょうか。むろん、まったくの作り話なのですが、ここまでくると「悲劇の王妃」のイメージを肥大させるというよりも、むしろ死者に対する冒涜(ぼうとく)であり、閔妃に対する同情心はゼロに近い私でもさすがに不快感を禁じ得ません。

『皇太子妃拉致事件』金辰明

この人騒がせな風説の出所は、金辰明(キム・ジンミョン)なる男の書いた『皇太子妃拉致事件』(2002年)という通俗小説であることが明らかになっています。金氏はこれまでに、南北朝鮮が共同で核ミサイルを開発、日本に撃ち込むという内容の『ムクゲノ花ガ咲キマシタ』(1993年)で400万部の国内ベストセラーを記録した、反日トンデモ小説の草分け的存在ですが、『皇太子妃拉致事件』ではそのトンデモ度はさらにパワー・アップしています。

野平俊水著『日本人はビックリ!韓国人の日本偽史』(小学館文庫)に、あらすじが紹介されているので、さらにそれを要約してみましょう。

――200x年、日本では「新しい教科書をつくる会」編纂の歴史教科書が検定を通過し、日韓の間で大きな外交問題となっていた。そんなある日、歌舞伎座に芝居見物に来ていたオワダ・マサコ皇太子妃が何者かに拉致される大事件が起こる。韓国人留学生・金イヌを中心とする拉致実行犯グループは、新聞広告を通して、日本政府に対して、駐大韓帝国日本公使館が1895年(明治28年)に日本に送った「電文435号」を公開すれば皇太子妃を解放するという要求をする――。
ここまで読んだだけで、頭の中がクラクラした人がほとんどでしょう。中には怒りがこみ上げてきたという人、思わず笑ってしまった人もいるかもしれません。しかし、これで驚いていてはいけません。問題は「電文435号」の中身なのです。
――電文の内容は閔妃暗殺事件に絡むものだった。日本の浪人が閔妃の死体を屍姦し、これを隠蔽するため死体焼却したことが克明に報告されているのだった。日本政府が公表を拒む中、独自に電文を入手したマサコ皇太子妃は大いに衝撃を受け、この電文を手にユネスコの教科書審査(そんなものがあるなど初耳です)に参加し、歴史的事実を明らかにする。皇太子妃の勇気ある活躍で、日本人の残虐性と歴史歪曲が世界の知るところとなり、「新しい教科書をつくる会」のドス黒い野望はついえるのだった――。

どうでしょう。私自身、開いた口が閉まるまでに小一時間はかかってしまいました。ちなみにこの小説には、徳仁皇太子殿下、中曽根康弘元首相を初め、藤岡信勝「つくる会」代表、黒田勝弘産経新聞ソウル市局長が実名で登場するのだそうです。

これは余談ですが、韓国では日本の天皇陛下を日王といって蔑(さげす)みますが、なぜか女性皇室に関しては奇妙な憧れがあるようで、反日トンデモ小説にはたびたび善意の存在として登場します。2002年、チョン・ソンヒョクなる浪人生が書き上げ、在韓日本大使に贈ったことで話題になった『百済書記』という小説では、ハーバード大に留学中の愛子内親王(なぜかジャクリーンという英名をもっているという設定が、韓国人青年・余ミンヒョク(実は百済王の末裔)と恋に落ち、その過程で「正しい歴史認識」を知るというストーリーでした。内容のバカバカしさはともかく、韓国のトンデモ小説にある種のパターンがあることがよくわかります。彼らにとって「歴史認識」とは日韓で研究し確認し合うものでなく、自分たちが”教えてやる”ものなのです。こちらの小説にも、実在する和田春樹東大名誉教授が実名で登場します。

話を戻しましょう。何度もいいますが、死体を辱(はずかしめ)るのは支那や朝鮮の文化です。現に、閔氏政権打倒のクー・デタを指揮したものの三日天下に終わり、閔妃の放った刺客に謀殺された開明派の志士・金玉均(キム・オッキュン)の遺体は四肢を切断されて朝鮮各地に野ざらしにされています。これが「慈悲深い国母」が政敵に対して行った仕打なのです。福沢諭吉、頭山満らと深い友情で結ばれた金玉均の墓は東京の青山霊園にあります。彼もまた祖国の土になることは許されなかったのです。

金辰明の閔妃屍姦説は今や一人歩きし、「事実」として喧伝(けんでん)されつつあります。由々しきかぎりですが、フィクションの日帝残酷話が伝言ゲームを通し、潤色(じゅんしょく)され、やがて「事実」として世界中にばら撒かれるというのは、慰安婦問題を見るまでもなく、韓国の反日プロパガンダの定型パターンでもあります。こと反日に関して、韓国人に史実とフィクションの境界は限りなく曖昧(あいまい)です。

野平氏が「電文435号」の信憑性について金辰明氏に直接問いただしたところ、金氏は「電文435号」という名称および内容は自身の創作であることを認めながらも、屍姦説の根拠となったのは、角田房子氏の『閔妃暗殺』の記述であると言い張ったといいます。『閔妃暗殺』には

《さらに閔妃の遺体のそばにいた日本人の中に、同胞として私には書くに堪えない行為であったことが報告されている。もと法制局参事官で、当時朝鮮政府の内部顧問官であった石塚英蔵は、法制局官末松兼澄あての報告書のなかに「誠にこれを筆にするに忍びないが―」と前置きした上で、その行為を具体的に書いている。》

とあり、金氏の「根拠」とはこの記述のことを指すと思われますが、肝心の角田氏も著書の中で「具体的な行為」に関しては一切触れていません。野平氏も角田氏から書簡で確かめ、石塚英蔵の報告書のどこにも「屍姦を行った」という記述はなかったという回答を得、後年、国立国会図書館憲政資料館で件(くだん)の文書(「朝鮮王妃事件関係資料」石塚英蔵書簡)にあたり、やはりそのような記述はなかったとしています。以下がその該当部分です。

《殊ニ野次馬連ハ深ク内部ニ入込ミ、王妃ヲ引キ出シ二三ヶ処刃傷ニ及ヒ且ツ裸体トシ局部検査(可笑又可怒)ヲ為シ最後ニ油ヲ注キ焼失セル等誠ニ之ヲ筆ニスルニ忍ヒサルナリ/其他宮内大臣ハ頗ル残酷ナル方法ヲ以テ殺害シタリト云フ/右ハ士官モ手伝ヘタリ共主トシテ兵士外日本人ノ所為ニ係ルモノノ如シ。》

(事件後)野次馬が宮殿に押し入り閔妃を裸にして「笑ったり怒号したりしながら」局部を検査したあと、油をかけて遺体を焼いたと読めます。このどこにも「屍姦をした」ということは書かれていません。「野次馬」とあるのは、朝鮮人であると思われます。

つまるところ、金辰明氏は、角田氏が、「閔妃に同情的な本」に書くのを濁した「具体的な行為」に、下世話きわまる想像力を巡らし、「屍姦」をデッチ上げたということです。角田房子氏に何の罪もありませんが、彼女が書いた本が韓国にいいように利用され、新たな反日情報戦の新たなタマに使われていることは確かなのです。その真偽を問われれば、彼らは「日本人が書いた(言った)ことだ」というふうにはぐらかすつもりなのでしょう。

ちなみに、以下は、野平氏の著書に紹介されている『皇太子妃拉致事件』の電文435号「閔妃屍姦」の下りです(野平氏訳)。孫引きであることをお断りして、ここに記しておきます。

《浪人たちは閔妃の下着を剥ぎました。一人の浪人が全裸にした王妃の陰部を……人数は確認できませんが何人かの浪人が結局はズボンを脱いで性器を取り出し王妃の白く麗しい体に……精液で汚された王妃を前にして浪人たちは大日本帝国万歳を叫びました。》

はなはだ猟奇性の強い、ポルノとしてもかなり特殊なマニア層向けの書物に出てきそうなアブノーマルな描写といえます。被害者意識を煽り、読者の反日感情を増幅させるのが目的としても、彼らのいうところの「国母」(!)の遺体を強姦させるというのですから、たとえフィクションであっても、いやフィクションならばこそ、創作者の異様な想像力に声も出ません。これも韓国人の日本に対する潜在的なマゾヒズム願望であると解釈するべきなのでしょうか。

(次のページに続きます)

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