「ルーピー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンド」~鳩山由紀夫がイカれているわけ 完全版(但馬オサム)

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地球憲法と「友愛」の人?

鳩山由紀夫は1976年に妻を伴って帰国。一般企業には就職せず、東京工業大学に助手として就任、1981年、専修大学に助教授として迎えられている。もとより生活には困らぬ身、このまま学者として報われぬ研究に生涯を費やしていてくれたら、彼にとっても日本国にとってもまだいくぶん幸運なことだったろうに。しかし、曾祖父から続く政治家の血統がそれを許さなかった。

1986年の衆議院選に自民党から出馬し当選、彼の政治家人生がスタートする。選挙スローガンは「政治を科学する」だった。その後、新党さきがけを旗揚げし、民主党(旧)、民主党にいたる政党遍歴はご承知のとおりである。民主党は結成当時、改憲を公約に上げていたし、鳩山自身も安全保障に関して、敵基地攻撃を含む先制攻撃を是とする考えを示したこともあり、このころはまだかろうじて「まとも」だったようにも見える。政界引退後の2018年11月、鳩山はさる市民団体主催の講演で、自分は改憲論者であったが首相時代は封印していたと述べ、その上で「『全地球市民のための憲法』のための憲法を作りたかった」と鳩山節を炸裂させていた。「地球憲法」なるものが、はたして日本国に必要なのだろうか。まったく意味不明だ。

彼の商標ともいえる「友愛」の語は旧民主党時代から連発していた。これは、フリー・メーソンでもあった祖父・鳩山一郎からの影響だといわれている。fraternity(博愛)を「友愛」と訳して使用したのが鳩山一郎なのだという(異説あり)。「自由・平等・博愛」はフランス革命のスローガンであると同時に、フリー・メーソンのスローガンでもある。

風呂でマントラを唱える

われわれの知らないところで、鳩山夫妻はスピリチャリスト(精神世界信奉者)として、そちら(通俗オカルト)の業界で既に有名人だったらしく、民主党幹事長時代の2009年、由紀夫は「元祖スピリチャル女性誌」と銘打つ雑誌『TRINITY』(vol30)のインタビュー企画に登場している。題して 「精神性こそ世界を変える今明かされる、熱い想い」。由紀夫は「奥様の影響で目に見えない世界を信じるようになった」と紹介されており、彼にとっての精神世界への道先案内人が幸夫人であったことは公然であったことがわかる。ちなみに誌名のTrinityとは三位一体のことで、“魂と肉体と美の三位一体”を意味するのだという。
発言の興味深い部分を拾ってみよう。

《(前略)あと無になるためにやっているのは、お風呂でマントラ(真言)を唱えることですね。意味のわからない言葉を唱えている間は、それ以外の想念が湧かなくなりますから、無の状況をつくることができると思っていまして。“何も考えまい”と思うこと自体が考えているわけですから難しいのですが、それを容易にするのがマントラではないかと思います》

《(註・神について問われて)神は自然だと思っています。自然だから自分のなかにも皆さんのなかにも神がいる。実は私が街頭演説する時だけ降っていた雨が止むことがあるんです。女房が“ちょっと神様にお願いしておくからね”と言ってたりするんですよ。最初は『そんなばかな』と思っていましたけど、本当に止む。やはり自然は神だなあ、と思うことはありますよね。『大丈夫ですよ』と言っていると、大丈夫になることが多くて。(後略)》

彼のスピリチャリズムへのアプローチがよくわかる。真言だとかアニミズムとか、東洋思想の影響をそこに見るが、どうもあれこれのつまみ食い、やはり「インスタント禅」の領域を出ていないようである。

というのも、この前年の2008年10月、来日したインドのマンモハン・シン首相(当時)との会見で鳩山は、「インドは精神文化が発達している国」との私見を述べながら、「仏教の基本を平和活動により活かしてほしい」とトンチンカンなことを述べているのからだ。シンという姓、頭に巻いたターバンをみれば、首相がシーク教徒であることは、東洋思想を少しかじった程度の人間ならわかりそうなものだろう。それ以前に、他国の首脳を前に不用意に宗教の話題を持ち出すのは、外交非礼につながりかねないということが、この男にはわからないようだ。ただでさえ、インディラ・ガンディー首相がシーク教徒によって暗殺されており、インドでは、長くシーク教徒は肩身の狭い思いをしてきたのである。

2007年11月には、尊敬しているというダライ・ラマ法王との会談を実現、「(高度な自治のため)右手を中国に差し出しているが、何も得られない。だから左手で助けを求めている」という法王の求めに、由紀夫は「左手をサポートさせていただく」と即答している。仏教(というか、それこそインド思想)では、右手を聖なる手、左を不浄の手とし、これを合わせることで合掌となる。法王が左手で助けを求めているということは、この問題がいかに困難な局面にあるかを意味している。正攻法の交渉(右手)は中共には通じないのだから。その後、由紀夫はどのような形で法王の左手をサポートしたのかは、皆目明らかにされていない。「東アジア共同体構想」なる新中華思想の旗振り役を演じているこの男の「アジア」には、チベットもウイグルもハナから存在しないのだ。多くを期待するのが無駄というものだろう。

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